2011年2月号掲載
現代語訳 経営論語 渋沢流・仕事と生き方
著者紹介
概要
明治政府のエリート官僚から民間に転じ、日本の近代産業の発展に貢献した渋沢栄一。彼が実業界に乗り出す際、指針としたのが幼い頃から親しんだ『論語』の教えだった。そして、実業界から引退後、自らの人生体験、事業体験などを踏まえつつ論語を説いた『実験論語』を著した。本書はその現代語訳であり、実業家が肝に銘ずべき教え等がわかりやすく紹介される。
要約
『論語』と実業
私は明治6年(1873)に官職を辞して、実業に身を委ねることになった。商工業を発展させ、国を富ませ強くせねばならぬと信じたからである。
いざ会社を経営するとなれば、第1に必要なのが人である。そして、適材を得て事業を成功させるためには、その人材を活用するために従うべき基準がなければならない。また私自身も、判断の根拠となる基準を持たなければならない。
私は、孔子の教えに幼少の頃から親しんできた。ことに『論語』には実生活に生かせる道理が詳細に説かれているので、これに従えば誤った判断をすることはないだろうと思い、『論語』を肝に銘じてその実践躬行に努めることにした。
『論語』には、実業家にとって金科玉条とするべき教訓が実にたくさんある。例えば ――
争いこそ進歩の源泉
子曰く、君子は争うところなし。必ずや射か。揖譲して升下し而して飲む、その争いや君子なりと。
孔子は、君子はみだりに他人と争うようなことをせず、弓を射ち争うように礼儀正しく正々堂々と争うならば、これを躊躇しないものだと言う。
揖譲とは、弓術の競技を行う者が競技場に至る階段に上る前、そして上る時に一礼し、それから競技を終わって階段を下りたところでまた一礼し、敗れた方が罰杯として酒を飲むという慣習である。
世間には、いかなる場合においても争いをすることはいけないと言う人もある。しかし私は、争いは決して排斥すべきものではないと信じる。
孟子も、「敵国外患なき者は国恒に亡ぶ」と言っている。まさにその通りで、国家が健全な発達を遂げるには、商工業においても、学術技芸においても、外交においても、常に外国と争って必ずこれに勝つという意気込みがなければならない。
それは、一個人においても同じで、敵と争って必ず勝ってみせるという気概がなくては、決して発達進歩するものではない。
『論語』には「克己復礼」の語がある。「己に克ちて礼に復る」ということも、つまりは争いだ。私利私欲と争い、善をもって悪に勝たなければ、人は人たる道を歩んでゆくようにはならない。