2021年9月号掲載
スタンフォード大学の共感の授業 人生を変える「思いやる力」の研究
Original Title :The War for Kindness
著者紹介
概要
都市化の進展やネットの普及は、生活を便利にした反面、人々から「共感する力」を高める機会を奪った。独居が増えて孤立が深まり、顔を合わせない人付き合いが増えたことが、その一因だ。分断や不寛容が広がる今日、相手を「思いやる力」を伸ばすことはできるのか。共感を研究する心理学者が、その成果をもとに解説する。
要約
「共感」の進化と現代の姿
人はしばしば、「お気持ちお察しします」という表現で、「あなたの痛みを私も感じます…」という意思表示をする。「共感(エンパシー)」とは、そういう感覚だと理解されることが多い。
なぜヒトは「やさしさ」を進化させたのか
共感を通じて、僕たちは相手の気持ちを推測する。だが、共感の最も重要な役割は他にある。それは、やさしい行動を引き出すことだ。自分を犠牲にしてでも、他人を助けようという気にさせる。
本来、そんな行動は生きるか死ぬかの場面では必要ない。ところが実のところ、やさしさは動物の世界に不可欠なサバイバルスキルの1つなのだ。
生まれたての生き物は弱く、人間ならば十数年ほど自分ひとりで生きる力をもたない。だから親が身を削って子どもを生き永らえさせる。また、動物は単独では生き残れない場面で力を合わせて食べ物を見つけ、命を守る。
こうした状況におけるやさしさは、“賢さ”と言い換えることができるだろう。
とはいえ、動物が他の動物を助ける理由は、それでは説明がつかない。サバンナ・モンキーは、仲間が親切のお返しをしてくれる確率など計算できないのに、なぜ仲間に手を貸すのか?
この疑問に対する自然界の答えが、共感なのだ。生き物は他の生き物の痛みを見て、その痛みを自分も感じる。だから、自分を助けるために、相手を助けようとする。
共感すると、相手にやさしくする。この法則は、人類が生まれる前から存在している。例えば、実験室のラッ卜は、同じケージに入れられていたラットが電気ショックを受けるのを見ると、体を固くしてフリーズする(不安の表現)。こうした共感の反応を示したラットは、食べ物を与えてやるなど、仲間を助ける行動をする。野生のネズミも、ゾウもサルもカラスも、共感と親切、その両方を示すことがわかっている。
人類ではこうした共感の形が飛躍的に進化した。ヒトは、これといった武器がない。鋭い歯も翼もない。しかし、人類は長い時間をかけて、仲間同士で協力しやすい身体へと進化した。男性ホルモンの値が下がり、顔が柔和になり、以前ほど攻撃的ではなくなった。複雑な顔の筋肉で、感情表現も豊かになった。そして脳が発達し、お互いの思考や気持ちを理解できるようになった。
こうして人類は、共感能力を大きく発展させた。僕らは地球上で「最もやさしい」種だ。そして人類の数が増えるにつれ、やさしさも拡大した。
「共感を破壊する」現代社会
ところが、ここに共感に関わる重大な真実が見えてくる。そもそも共感の本能は、視界に入る他人のほとんどが「身内」という時代に進化し確立したものだ。生涯ずっと一緒に過ごすのだから、お互いを理解しあうチャンスも無数にあった。やさしくすると、そのうち「お返し」があるとわかっていた。