2024年7月号掲載
「承認欲求」の呪縛
著者紹介
概要
人に認められたい、褒められたい。この「承認欲求」があるからこそ、人間は努力し、他者と助け合おうとする。だが、それにとらわれすぎると、情報隠蔽などの不祥事や過労自殺を引き起こしかねない。そんな「承認欲求の呪縛」に人々が陥る原因、そして呪縛から逃れる具体策を、組織論の専門家が多くの事例を交え解説する。
要約
「呪縛」の不幸な結末
「承認欲求」は本来、人間の正常な欲求の1つである。心理学者のA・H・マズローによれば、承認欲求は「尊敬・自尊の欲求」とも呼ばれ、他人から認められたい、自分が価値のある存在だと認めたいという欲求である。
承認欲求があるからこそ人間は努力するし、健全に成長していく。また、他の人と助け合ったりする動機も承認欲求から生まれることが多い。
その承認欲求が近年、思わぬ形で世間の関心を集めるようになった。官僚による公文書改ざんや事実の隠蔽。企業で続発する検査データの捏造や不正会計などの不祥事。深刻化する過労自殺…。
これらの問題の背後に隠れているのは「承認欲求の呪縛」である。それが水面下で増殖し、日本の組織や社会に重大な影響をもたらしているのだ。
エリートの「大衆化」
ここのところ財務省や文部科学省などの官僚による不祥事が相次いでいる。それは、ある意味でエリートの屈折した承認依存を象徴している。
かつての官僚たちには、自らが国を動かしているという自負と気概が感じられた。ところが最近、中央省庁の幹部から話を聞くと、かつての「エリート臭」が抜け、一般サラリーマンと大差がなくなってきたそうだ。なぜそうなったのか?
1つの要因として、「自己効力感(仕事を成し遂げる力に対する自信)の低下」がある。
かつては学力などの能力に秀でた人材が官僚の世界に集まってきた。ところが近年は、そうした逸材の中に外資系金融機関などに就職する者が増えたという。また、行政の世界でも情報化などによって、仕事内容や仕事に求められるものが変化し、受験秀才型能力が通用しにくくなってきた。
だが、仕事面における自己効力感が低下する一方で、年齢・勤続とともに周囲の期待は大きくなっていく。期待は本来、実力の向上に伴い高まるものだが、年功制の下では実力と関係なく高まる。なぜなら、年功制は経験に応じて仕事の能力も上がるという前提の上に成り立っているからだ。
エリートの自我を守る共同体型組織
こうした不合理や矛盾が表面化しないよう、エリートを守ってくれるのが官僚組織だ。役所の中では外部との競争に直接さらされることがないため、自己効力感の低下は避けられる。つまり「認知された期待」(大きな期待)と「自己効力感」のギャップを感じずに済む。逆にいえば、それだけ官僚は組織に依存するようになったことを意味する。その結果、彼らの関心は組織の内側を向く。
わが国の官公庁は新卒一括採用が普通で、中途採用は少ない。また、個人の権限や責任が不明確で、課や係といった集団単位で行う仕事が多い。職場も大部屋で仕切りのないオフィスだ。そうした中では自ずと人間関係が濃密になり、日頃のつき合いを通して互いの性格や考え方もわかるようになる。このように、官公庁組織は一種の共同体(コミュニティ)ともいうべき性格が強い。