2010年10月号掲載
民の見えざる手 デフレ不況時代の新・国富論
著者紹介
概要
かつて、経済学者アダム・スミスは、市場の働きを「神の見えざる手」と呼んだ。だが、今の経済の動きは、人々の心理、すなわち「民の見えざる手」が大きく影響しており、今後の経済動向は「心理経済学」を知らないと掴めない。このように指摘する大前研一氏が、企業も消費者も“縮み志向”が強まり停滞する日本経済の活性化策を、ビジネス、政策の両面から提示する。
要約
ミクロがマクロを支配する
日本経済は今、デフレの真っただ中にある。
この現実に対し、マクロ経済学から出発した経済政策には、金利の上下とマネーサプライ(民間部門が保有する通貨残高)の増減しか打ち手がない。そして結局は、金利をゼロにするか、お金をジャブジャブにするしかない。
それで効果はどうなのかといえば、かろうじて人々の間に安堵感が広がるといった程度のことだ。
なぜ、こうした状況が現出しているのか?
その背景には、いくつかの大きな潮流がある。まず1つ目は、「ボーダレス経済」の深化である。
昔のケインズ経済学が前提としていた閉鎖的な経済とは異なり、今日では、ある国の経済政策が他国に波及して、逆の効果を及ぼすことがある。
クリントン政権時代の米国で、過熱する国内経済においてインフレを抑えるべく金利を引き上げたところ、世界中から高金利を求めてカネが集まり、火に油を注ぐ格好になったのが好例である。
2つ目は、「サイバー経済」だ。
2008年に米国で起きたリーマン・ショックによる金融危機が、一瞬にして世界に伝播したように、今は瞬時にお金を電子的に移動できる。
こうしたボーダレス経済やサイバー経済が深化する中、金融危機後の米国で何が起きたか?
ベビーブーマー世代が、一気に消費を手控えたのだ。彼らは戦後の米国の消費文化の象徴だった。大きな家や別荘を持ち、車を3台持っていた。