2014年10月号掲載
榊原英資の成熟戦略
著者紹介
概要
デフレ脱却、成長戦略など、安倍晋三政権は「経済成長」の実現を目指している。だが経済が「成熟」した今、経済成長率が低いのは自然で、欧州諸国も似た状況だという。そして、デフレの背景には世界経済の構造変化があり、国内の努力だけで脱するのは難しいと指摘。今後は「環境・安全・健康」といった、日本の特長を活かした「成熟戦略」を考えようと訴える。
要約
「成熟期」に入った日本経済
2000年代に入り、新興国企業との競合が激化してからは、日本の大手企業は国際競争力の低下につながる賃金のベースアップには消極的だった。
だが2014年の春闘では、トヨタ自動車などの大手製造業で過去最高に近い賃金一律ベースアップが実施された。
その背景には、安倍晋三政権による企業への賃上げ要請があった。「デフレ脱出」を掲げる安倍政権では、物価と賃金が並行して上がる「良いインフレ」と、それによる「経済成長」の実現のため、かねて経済界に賃上げを求めていたのだ。
安倍政権の方針には、日本経済が成長し続けていた、1980年代以前への強い郷愁が感じられる。かつての高度成長期(1956~73年)の実質GDPの平均成長率は9.1%。続く1974~90年の実質成長率も4.2%と、安定した成長を続けている。
だが安定的な成長は90年代前半で終わった。1991~2011年の20年間のGDP成長率は0.9%。過去の栄光を思えば、政治家や財界人が「あの頃に帰りたい」と願うのも無理もないかもしれない。
ただ、無理な賃上げで日本経済が昔の成長力を取り戻せると思うのは誤りだ。低成長局面に入って20年。それが一時的な問題ではなく構造的なものであることを、もはや疑う人はいないだろう。
日本経済は成長期を過ぎ、成熟期に入ったのだ。成長の終わりは、歴史的な循環の結果であり、時の政権が努力して流れを変えられるものではない。
過去20年は「停滞」ではなく「成熟」
成長を止めた日本経済に対して、今も多くのメディアが「停滞」という表現を使っている。
本当にそうだろうか。筆者は20年前から日本に訪れた変化を「停滞」ではなく「成熟」と捉えている。実質GDPの成長率が1%弱だった過去20年間は、物価上昇率もゼロ近辺で推移している。経済的にはまさに「安定」していたといえよう。
経済成長率が低い国は日本だけではない。2012年のイギリスの成長率は0.25%、ドイツは0.90%。ヨーロッパの先進国はその程度である。成長段階から成熟段階に入った経済の成長率が1%前後になるのは、むしろ自然なことだ。
にもかかわらず、日本国民は未だに「経済成長がすべてを解決する」といった、高度成長時代のメンタリティから抜けきれていない。特にエコノミストの間には成長志向が色濃く残っている。