2017年1月号掲載
トランプ現象とアメリカ保守思想 崩れ落ちる理想国家
著者紹介
概要
2016年、次期米大統領にドナルド・トランプ氏が選ばれた。「アメリカ・ファースト!」「イスラム教徒の締め出しを行うべきだ」等々、過激な発言を繰り返す氏を後押ししたのは、現状に不満を抱く中流層の白人たちだ。彼らは何に怒り、トランプを支持したのか。アメリカ保守思想の歴史を繙き、トランプ現象の本質を探る。
要約
壊れゆくアメリカ
トランプは、大統領戦において数々の暴言を口にした。人種差別、宗教差別、女性蔑視。どれも、将来の大統領にふさわしからぬ発言だと、メディアが一斉に取りあげた。ところが過激な発言をするほど、彼の存在感は増し、支持率は上がった。
トランプの発言は、なぜこんなにもウケるのか。
行き過ぎた格差是正措置
アメリカのエリートの間には、様々な差別的発言に対する自己規制、暗黙のルールがある。
そのルールを破る言動をしたら、懲戒を受ける。「ポリティカル・コレクトネス(PC)」、政治的に正しい発言かどうかが、極めて重要なのだ。
エリートなら、そのタブーに触れることは決して口にしない。政治の世界では、そんな言葉を口にしただけで政治家生命は断たれてしまう。
これを、単なる過剰な言葉狩りと捉えるのは誤りだ。PCは自由と平等を理念としながら、奴隷制を持って建国されたアメリカの歴史そのものにかかわる、深く重たい問題である。
そもそもPCが声高に言われるようになったのは1980年代だ。60年代に人種間の法的平等は達成された。それに基づいて人種差別を根絶すべく、様々な運動も行われた。にもかかわらず、有色人種への社会的偏見は解消していない。
そうした現実に対して、少しでも理念を達成するために「アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)」がとられてきた。例えば、医学部に黒人学生が少なすぎるのは、歴史的に教育の機会を奪われ続け、入学に不利な状況に置かれているからだ。従って一定人数の黒人を入学させるべきだ、という具合に。
しかし問題もあった。入学試験で人種によってゲタを履かせる優遇措置が多くの大学で行われ、それ自体がまた裁判で争われるなど、人種間の問題になってしまった。多くの人が、アファーマティブ・アクションは行き過ぎだと感じている。
加えて80~90年代にかけて、文化の多様性を積極的に肯定するポストモダンの潮流を背景に、「アイデンティティ・ポリティクス」と呼ばれる形で少数派人種グループがそれぞれ文化的主張を前面に出して権利を追求しだした。
こうした状況に左右両陣営から批判がある。リベラルの歴史家アーサー・シュレジンガーJr.は、文化的多元主義がアメリカをバラバラにすることを危惧し、サミュエル・P・ハンティントンはヒスパニック・アメリカとそうでないアメリカ、2つの国家になってしまうのではないかと指摘した。