2017年11月号掲載
中国はなぜ軍拡を続けるのか
著者紹介
概要
1990年代以降、中国は大規模な「軍拡」を続けている。今や将兵の数は世界一(約230万人)、戦車や艦艇の数は米軍に匹敵する。その軍拡の狙いとは? 長年、人民解放軍を分析してきた気鋭の中国研究者が、同国が軍拡を本格的に推進する政治的背景、軍拡の諸側面を考察。中国を統治する共産党の「暴力依存」構造を解き明かした。
要約
ゆれる互恵関係
中華人民共和国は、もともと社会主義を標榜する国でありながら、1970年代に資本主義諸国との関係を改善し、日・米・欧・香港・台湾などからの投資・借款・技術支援に大きく依存する形で経済を発展させてきた。
この事実に鑑み、日本および欧米主要国では「中国は既存の国際秩序から多大な恩恵を受けているのだから、当然それを尊重し、既存の国際秩序との共存が可能な国内体制を形成するであろう」という期待感が高まった。
だが、中国は90年代以降、諸外国との経済関係を強化する一方、アジア・太平洋地域における既存の国際秩序、特にその骨幹を担う日米同盟に対抗する姿勢を露にし始めた。昨今の中国の主要マス・メディアの論調を一望すれば、日米を「中国台頭の障害物」とみなしていることがわかる。
対外強硬論が強まるのと並行して、共産党政権による軍備増強も顕在化した。中国の「国防費」は、90年代以来ほぼ毎年10%以上増え続け、その総額は米国に次いで世界第2位となった。
もともと歩兵中心のゲリラ部隊という性格が強かった中国人民解放軍は、近年、海軍・空軍・ロケット軍の拡充に力を入れており、新型の艦艇・航空機・ミサイルの導入を大々的に進めている。また、活動範囲は、中国本土と沿岸海域から、西太平洋やインド洋にまで拡大しつつある。その活動は、大規模な軍備拡張、すなわち「軍拡」と呼んで差し支えない様相を呈している。
巨額の資金を促進剤としてここ20数年ほどの間に大幅な刷新が進んだ解放軍の海軍や空軍は、東シナ海・南シナ海・黄海・西太平洋などで、米軍や自衛隊などと対峙する姿勢を強めてきた。
近年、これらの海域では一触即発の局面がたびたび発生し、解放軍への警戒感はヴェトナム、フィリピン、インドといった国々でも高まっている。そのことに鑑みれば、中国の軍拡は、日米同盟のみならず、アジア・太平洋地域の安全保障環境にとって看過できない問題と化したといえよう。
独裁と経済発展
1989年6月4日の天安門事件。中国共産党が、北京の天安門広場に人民解放軍を繰り出して民衆を弾圧したこの日の光景は、中国の近代化が理想像から大きく逸脱した現実を白日の下にさらした。
共産党と民間社会の対立
民主主義国家において、国民のデモに対して警察が催涙ガスや警棒などを使うという光景は珍しくない。だが天安門事件は、そのような生易しいものではなかった。この事件では、警察ではなく、軍隊が装甲車や戦車を並べ、民衆に発砲した。
そこから垣間見えるのは、共産党と国民との間に存在する根深い相互不信と緊張状態だ。こうした相互不信に起因する中国社会の内部対立は、その後の約20年間でほぼ中国全土に拡散し、慢性化した。