2018年2月号掲載
オリジナリティ 全員に好かれることを目指す時代は終わった
著者紹介
概要
副題「全員に好かれることを目指す時代は終わった」。進化したAIが人の仕事を奪う時代、「オリジナリティ」が生き残るカギだという。「何でもできます、ではなく、これしかできません」が大切。本書では、競争が激しい食の世界で、独自性を貫き通すプロたちの話を紹介、オリジナリティを築くためのヒントを示す。
要約
オリジナリティがないと、生き残れない
AI(人工知能)は人間の仕事を奪ってしまうのではないか。そんな不安の声が広がっている。実際、AIがさらに進化すれば、作業的な仕事はほぼすべてAIに置き換わってしまうだろう。
しかし、その一方で、機械と戦っても生き残れる仕事があるはずである。そのカギを握るのが「オリジナリティ」だ。人間にしか創れないオリジナリティ、独自性を、いかに持つか。これが、機械に仕事を奪われるか否かを大きく左右する。
実は、このオリジナリティについて、すでに強烈な競争環境に置かれている世界がある。飲食、蔵元、農業など、食の世界の人たちだ。消費者に日々、仕事を評価され、うまい、まずいと勝手に書かれたりする。しかも、正解がない世界。そこでは、自分を信じて試行錯誤を重ね、批判や失敗を恐れず挑戦していくしかない。
こうした厳しい世界で生き抜いている人たちは、どうやって今のポジションを、今のオリジナリティをつくり上げてきたのか。
彼らの仕事観に迫っていくと、いくつもの共通点があることに気づく。それは、オリジナリティを築いていく上での重要なヒントになる ―― 。
奇跡の熟成鮨
鮨屋でありながら、マグロ、ウニ、コハダ、赤貝などがない。しかも、店があるのは東京の端、川崎市との境目。わざわざ出向かねばならない。
しかし、この店は、鮨をよく知る人の間では知らない人はいない店だ。予約もなかなか取れない。ミシュラン5年連続2つ星。それが、東京・二子玉川の「㐂邑」である。
今では熟成鮨をうたう店が次々に出てきているが、この世界をつくり上げたのは間違いなく㐂邑だ。3、4日、寝かせるのではない。魚によっては1カ月以上も寝かせるという、常識ではあり得ない取り組みが食通たちをうならせる。
この究極のオリジナリティに挑んだのが、木村康司さん。1971年、東京の鮨屋の3代目として生まれた。他店での修業後、店をオープンしたが、当初は普通の鮨屋だった。住宅街にある、何の特徴もない店だった。近隣には、マグロで有名な店があった。コハダなどの〆ものは、老舗には勝てない。そこで店の特徴を出そうと、白身のいい魚を揃えたが、お客さんは来ず、そのまま腐ってしまうことが多かった。
そんな中、腐った魚はどうなっているのかという興味から、中を割って食べてみた。においはひどいが、白身の魚ではない甘い味がした。そして、思った。「もしこの味が、何のにおいもなく出せたら面白いんじゃないか」と。
ここから様々な“実験”を始め、傷みがどう変化するか調べた。そうするうちに、腐らず、うま味が伸びていくような魚ができだした。すると、有名鮨店の職人たちがプライベートで来るようになった。しかし、店がにぎわうほどではなかった。