2019年8月号掲載

繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学

Original Title :THE PROSPERITY PARADOX

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著者紹介

概要

『イノベーションのジレンマ』で知られる世界屈指の経営思想家が、貧しい国に長期的な繁栄をもたらす「市場創造型イノベーション」を説く。これは、それまでモノがないか、高くて買えなかった人たち ――“無消費者”に向けた新規の市場をつくり、安く届けようというもの。貧困という問題に、新しい視点を提供する書だ。

要約

繁栄のパラドクスとは

 通りには腹を空かせた子ども、清潔な水も下水処理もないスラム街…。世界銀行によると、今も7億5000万人が極度の貧困にある。

 こうした姿に私たちは胸を痛め、何とか助けたいと思う。だが、貧困国を直接支援しようとする試みは、期待したほどの成果は挙がっていない。資金を投じれば、一時的には問題が緩和されたように見える。しかし、根本的な解決ではない。

 では、どうすべきか? 視点を変えてはどうだろう。目に見える貧困の解消ではなく、持続する繁栄を創出する方に力を向けるのだ。そこには思いがけないほど大きな機会が眠っている ―― 。

不便こそが、大きな可能性

 かつてブリティッシュ・テレコム社で技術責任者を務めたモ・イブラヒムは、1990年代にアフリカに携帯電話会社をつくろうと思い立った。

 アフリカ大陸には54の国があり、アメリカの面積の3倍以上の大地に、10億人以上が住む。ほとんどの地域には、有線電話のインフラも、携帯電話会社の運用に必要な基地局もない。

 アフリカのビジネスチャンスを語ろうとすると、誰もが貧困の深刻さ、インフラの欠如、政情の不安定を挙げ、ビジネス以前の現実を指摘した。しかし、イブラヒムは違った。貧困ではなく機会を見た。

 「故郷から離れた場所に住んでいる人が、母親に会って話そうと思ったら7日間かかる。今すぐ母親と話せる道具があったら、どれだけありがたいか。どれだけの金と時間の節約になるだろう」

 イブラヒムの関心は、地域の人たちが強いられている不便に向いていた。彼にとって、その不便こそが莫大な可能性だった。

「無消費」の中に市場を見つける

 その場合、潜在的な消費者はそのプロダクトなしで我慢するか、間に合わせの代替策を編み出すことになり、不便は続く。この状態は、ビジネスチャンスを評価する指標には表れない。

 しかしイブラヒムは、無消費の中に市場を「創造する」チャンスを見た。彼はアフリカ全土のモバイル通信網の構築を目指して、セルテル社を創設した。携帯電話のインフラを構築することは、気の遠くなる事業だった。行政府にも銀行にも頼れない。資金調達は困難を極めた。

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