2020年3月号掲載

リベラリズムの終わり その限界と未来

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著者紹介

概要

米国のトランプ現象に見られるように、近年、「リベラリズム」に対する風当たりが強い。個人の自由の尊重、弱者救済といった主張が、なぜ嫌われるのか? 気鋭の哲学者が、リベラリズムを適用できない現代社会の実情、思想的限界を考察する。フェアネス(公平さ、公正さ)という、この思想の最良の部分を活かすために ―― 。

要約

リベラリズムを徹底できるのか?

 ここのところ、「リベラル」といわれる人たちへの風当たりが強くなっている。

 リベラルとは、「個人の自由を尊重する立場」の人たちを指す言葉だ。個人の自由を尊重するがゆえに、それを阻むもの、例えば権力の濫用や不平等などを厳しく批判する。そうした立場の人たちが、リベラル、リベラル派などと呼ばれる。

 その「自由を尊重する立場」の人たちが、なぜ強い批判にさらされるようになっているのか?

同性婚を認めた判決が引き起こした小さな波紋

 米国モンタナ州に住むネイサン・コリアーは2015年6月、郡の役場に2人目の妻、クリスティーンとの婚姻届を提出した。

 彼が2人目の妻との婚姻届を提出したきっかけは、その数日前に連邦最高裁判所が下した判決にあった。連邦最高裁は2015年6月、同性カップルは結婚する権利を持つという判決を下したのだ。

 この時、次のような反対意見もあった。「同性婚を認めると、一夫多妻も同じ議論になる」。

 ネイサンはこの反対意見を聞き、一夫多妻婚も同性婚と同じように結婚の平等にあたると考えて、2人目の妻との婚姻届を提出したのである。

個人の自由とリベラリズム

 役場は、2人目の妻との婚姻を認めるべきか?

 同性婚は近年、欧米諸国を中心に法的に認められるようになってきた。その背景には、リベラリズムの考えが社会により浸透してきたことがある。

 すなわち、本人たちがそれを望み、かつその結婚が誰にも危害や損害を与えないのであれば、本人たちの自由を尊重すべきだ、という考えである。この「できる限り個々人の自由を尊重すべきだ」という考えが、「リベラリズム(自由主義)」と呼ばれる。

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