2023年8月号掲載
なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術
Original Title :COLLECTIVE ILLUSIONS:Conformity, Complicity, and the Science of Why We Make Bad Decisions (2022年刊)
著者紹介
概要
“みんな同じ”は危険性あり! 多くの人が選ばないのは、何か悪い理由があるから ―― こうした思い込み、誤った認識を基に大勢が行動することを「集合的幻想」という。社会や個人に害を及ぼす「集団の思い込み」は、なぜ生じるのか? ハーバード教育大学院の心理学者が、様々な事例を挙げ、幻想にとらわれる過程を解説する。
要約
「集合的幻想」とは何か
今日の社会には、危険な「集合的幻想」があふれている。
集合的幻想は、集団に属する個人の過半数が、ある意見を内心では拒絶しながら、「他の人はそれを許容している」と、誤って推測することで発生する。その好例が、次の質問に対する答えだ。
集団の総意をひとり合点する
「成功した人生とは何か?」という問いで、次の2つのうち自分の考えに近いのはどちらか? また、世間の人々はどちらを選ぶと思うか?
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- A:自分の興味と才能に沿って行動し、好きなことを最大限追究する。
- B:金持ちになり、輝かしいキャリアを築き、名声を得る。
「自分としてはAだが、多くの人はきっとBを選ぶ」 ―― そう思った人は、集合的幻想にとらわれている。
この質問は、私が代表を務めるシンクタンク、ポピュレースが2019年に行った調査の一部だ。5200人以上の米国人を対象に、成功の定義を探った。結果は、「自分ではAを選ぶ」という回答が97%を占めた一方で、「多くの人はBを選ぶと思う」という回答が92%にのぼった。
この発見は始まりにすぎなかった。社会的圧力の影響を取り除き、真の個人的優先事項を明らかにする手法を用いたところ、大多数の回答者は、人格、良好な人間関係、教育などの要素が人生の成功に欠かせないと思っていることがわかった。だが同時に、一般的には財産や地位、権力といった要素に重きを置く人がほとんどだと信じていた。
この調査の意味するところは明らかだった。
大多数の人々は、意義や目的意識を感じることのために人生を捧げたいと望みつつ、同じ価値観の持ち主は多数派でないと思い込んでいる。その結果、周囲からの期待を誤認したままそれに応えようとして、自分をねじ曲げ続けているのだ。
世界中で見られる「集合的幻想」
近年、このような集合的幻想は学者の手により、世界中のあらゆる社会領域で発見されている。
例えば、ほとんどの日本人男性は育児休暇を取りたいと思っているのに、自分以外の男性はそうでないと思い込んでいる。その結果、日本では男性による育休取得がなかなか増えない。
また、米国の調査では、「女性は男性と同じく大統領を務める能力がある」という意見に79%の人が同意している。ところが、「女性は男性と同じぐらい当選が見込めるか?」という質問になると、答えは一変する。