2006年1月号掲載
闘え、日本人 外交とは「見えない戦争」である
著者紹介
概要
本書の副題は「外交とは『見えない戦争』である」。その言葉通り、平和ボケした日本人の価値観に一石を投じる書である。「友好第一」をただ唱えるだけで、無策のわが国の外交。外交に関しては“思考停止”状態ともいえる日本が、国際社会の中で真に自立するには何が必要なのか。日下公人氏が、今の日本が考えなければならない大テーマについて考察する。
要約
「思考停止」の日本外交
日本人は、戦争を非常に理想主義的に考えているという点で、世界でも稀に見る民族である。
日本人にとって戦争は悪そのもので、「あってはならないこと」である。長い間、島国で平和に暮らしてきたから、戦争とは異常事態なのだ。
これに対して、欧米人の戦争観は180度違う。彼らの世界では、戦争の方が日常で、むしろ平和は戦争と戦争の間のごく例外的な事態である。
大陸では隣国と地続きでつながっており、ある日、突然敵が押し寄せてくると、直ちに戦争が始まる。戦争が日常だから、欧米人は日本人のように逆上せず、極めて事務的に冷静に戦争を行う。
さらに彼らは、外交も形を変えた戦争の一種だと思っている。日本人のように「永久平和」を本気で願っている純情な国民は、どこにもいない。
そもそも、この半世紀間、日本人は外交や防衛については「思考停止」状態を続けてきた。
その象徴が「国連中心主義」という外交方針である。国連を尊重しようという思想は、結局、自分の頭では何も考えずに、国連が決めたことなら何でも従います、という話にすぎない。
また、9・11テロが起きた時、小泉首相は率先して「米国を支持する」と言ったが、その理由は「日本に火急のことがあれば、助けてくれるのは米国しかないではないか」ということだった。
そう言われるとたいていの人は黙ってしまうが、それはおかしい。「米国しか味方がいないのは日本外交の大失敗ではないか」と直ちに批判すべきだった。しかし、そういう批判をした野党やマスコミ、外交評論家はいない。
では、なぜ日本はこのような思考停止に陥ったのか? その原因は日本国憲法にある。
日本国憲法前文には「日本国民は、(中略)平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とある。