2006年2月号掲載
危険な脳はこうして作られる
著者紹介
概要
エゴイスティックな独裁者や殺人者が現れるのはなぜか? また、逆に人生を謳歌し、充実して生きられる人がいるのはなぜか? 本書では、その答えを“脳”のありように求める。例えば、幼少期の放置や虐待は、被害者の脳に深刻なダメージを与え、後の人生に大きく影響する。犯罪事件から文学作品の登場人物まで、様々な事例を脳科学の視点から読み解く。
要約
幸福に生きるために
年をとるというのは素晴らしいことだ。過剰な自意識から解放され、物事を俯瞰できるようになる。何事も深く味わえ、感動できるようになる。静かな幸福というものが理解できるようになる。
あたかも、肉体の衰退と反比例して、脳の性能が上昇していくが如しである。実際、40代、50代、60代と、神経細胞の信号伝達能力は高くなってくることが知られている。
バートランド・ラッセルは『幸福論』で、58歳にして、幸福を真摯に論じている。
幼年期に両親を失った彼は、厳しい祖母の養育が窮屈で、何度も自死を考えるほど惨めな少年期・青年期を過ごす。だが58歳になった時、対照的に「私は人生を謳歌している。1年を追うごとに楽しみが加わっていく」と言えるようになる。
この境地に到る上で最も効果があったのは、「過剰な自意識を捨てた」ことだ。自己に拘泥せず、興味の対象を外に向けると、幸福に近づく。もちろん傷つくこともあるが、それでも自己憐憫の感傷に浸って絶望するより、はるかに傷は浅い。
ラッセルは、過度の刺激を避け、ある程度の“退屈を忍ぶ”ことは、幸福な人生にとって必須であるという。また、人間の幸福の基本は、実にシンプルなものの積み重ねであるとも —— 。
羨望・嫉妬の感情は人間を不幸にする。ラッセルはそれらを減らす方法として、「自らの本能を満足させるような生活」を心がけることを薦める。食べる、眠る、自然や人に触れる…。要するにチンパンジーのような生活をしていれば、人は羨望・嫉妬から解放され、幸せに生きられるのだ。
そして、最も重要なのは子供時代である。愛情をもって育てられた人間には「自分に対する自信」が形成され、たいていのことでは揺らがない。
逆に愛情を注がれずに育つと、冷たい外界を恐れるあまり、閉じ籠もりになるか、反対に、殺人や戦争などによってこの世に復讐しようとするかの、いずれかに走る。子供時代の愛情不足による心の空洞は、それほど広大深淵なのである。
孤独が作る危険な脳
1996年、1人の男がモンタナ州で逮捕された。テッド・カジンスキー、53歳。18年もの間、爆発物を大学教授などに郵送し続け、計3人を殺害、23人を負傷させた爆弾犯「ユナボマー」である。