2015年12月号掲載
経済は、人類を幸せにできるのか? 〈ホモ・エコノミクス〉と21世紀世界
Original Title :Homo Economicus, Prophete (egare) des temps nouveaux
著者紹介
概要
本書は経済と人類の幸せという、根源的な課題について考察した書である。今日、物質的には豊かになったのに、幸せを実感しにくい。人の幸福感は、何に左右されるのだろう。フランスを代表する経済学者が、歴史的な転換期を迎えた経済と人間の関係について、経済学はじめ様々な観点から解説する。ちなみに『21世紀の資本』を著したトマ・ピケティは、著者の教え子。
要約
“経済”と“幸せ”の関係を見直すために
今日、少なくとも先進国では、人生は長く豊かだ。民主主義や言論の自由が謳歌されている。
しかし、ほとんどの人々は人生をつらいと感じている。フランスでは、ここ30年間に抗うつ薬の服用量は3倍になった。米国では、幸福だと感じる指数は、1950年代よりも30%近く低い。
先進国は物質的にはるかに豊かになったのに、どうして幸せを実感しにくくなったのだろうか。
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理解のカギになる、1つの逸話を紹介しよう。
血液の在庫量を増やそうとした輸血センターの所長は、ある日、献血者に報奨金を出すことにした。その結果、所長の予想に反して、献血者の人数が減ったのである。なぜか?
それまで人々は、善意から献血に協力していた。だが、報奨金によって、すべてが変化した。献血は他者を助けるのではなく、お金を稼ぐ行為になった。そのため、道徳心をもつ人物は献血をやめ、代わりに〈ホモ・エコノミクス〉(経済的合理性のみに基づいて個人主義的に行動する人間像)がやって来たのである。
それぞれ別の役割をもつ彼ら2人が、同じ席に着くことはできない。輸血センターの所長が目的を達成するには、2つの方法しかない。すなわち報奨金制度を断念して以前の状況に戻すか、報奨金を釣り上げて献血者を集うかである。そして、過去30年間、現代社会は後者を選択してきた。
このような逸話は、現代社会の変化を例示している。企業の人材管理術は大きく変化した。企業は、ボーナスを増やしたり職場内に敵対関係をつくり出したりしながら、輸血センターの所長のように振る舞うようになったのだ。
ダーウィンは、人間を含む多くの動物種は「同一種の個体同士で協力し合うことがある」と主張し、これを「社交性および共感力」と名付けた。近代社会は、これと正反対の方向へ向かったのだ。すなわち、“協力”よりも“競争”を優先するようになったのである。