2022年11月号掲載
オシント新時代 ルポ・情報戦争
著者紹介
概要
「オシント」とは、公開情報に基づく情報収集・分析のこと。SNSなどが発信する膨大な情報の真偽を判別する。ウクライナ侵攻でのロシアの嘘を見破り、国際犯罪捜査やビジネスにも活用されるなど、今、注目を集める技法だ。本書は、政府や企業などの「不都合な真実」に肉薄するオシントの現状を徹底取材。その可能性を探る。
要約
ウクライナ侵攻とSNS時代の「情報戦」
2022年、世界を震撼させたロシアによるウクライナへの軍事侵攻では、SNSを通じた、従来にない世界規模の激しい情報戦が繰り広げられている。
虚実入り交じった情報が飛び交う中、民間人の被害の把握や偽情報の検証に大きな存在感を発揮しているのが、非国家主体による「オシント」(OSINT=open-source intelligence 公開情報に基づくインテリジェンス)だ。誰でもアクセスできる情報やツールを駆使した調査手法である。
ロシアのうそを見破った「宇宙の目」
2022年4月、ウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊ブチャ市で撮られた動画には、後ろ手に縛られた私服姿の人など、多くの遺体が映っていた。それは、ロシア軍による民間人の虐殺が強く疑われる証拠の1つとして世界に衝撃を与えた。
ブチャは、2月のロシア軍侵攻からまもなく、1カ月近くにわたってロシア軍の支配下に置かれたが、その後、ウクライナ軍が街を奪還していた。
ロシア国防省は4月3日の声明で「ブチャがロシア軍の支配下に置かれている間、地元住民が暴力行為にあったことは一度もない」と虐殺を否定。遺体はロシア軍の撤退後に置かれたものだと示唆し、「動画はフェイク(偽物)」と主張した。
これに対し、衛星画像などの分析にたけたメディアや民間のオシント専門家たちが詳細な反証を加えた。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は4月4日、動画を検証した記事を配信し、路上の遺体の多くは、ロシア軍の支配下にあった3月半ばから同じ場所にとどまっていたと指摘した。
決め手となったのは、商用の衛星画像だ。地上の50cmの大きさまで認識できる高解像度の衛星画像が、通りの遺体を捉えていたのだ。
検証記事では、動画に映り込んだ建物や標識などから遺体の位置情報を正確に突き止め、3月半ばに撮影した複数の衛星画像と比べ合わせた。その結果、通りで見つかった遺体のうち、少なくとも11人分は、ロシア軍の支配下にあった3月11日から同じ場所に放置され続けたと結論付けた。
電柱の影から撮影日時を知る
ロシアのペスコフ大統領報道官は4月7日、英国の報道番組に出演し、NYTに端を発した検証報道に真っ向から反論した。
同氏は、報道で使われた衛星画像には、「撮影した正確な日時の記載がない」と指摘し、「ロシア軍の撤退後に撮影された」ものだと主張した。
英国のBBCは4月11日、ロシアの主張の真偽を検証するファクトチェック記事を報じた。衛星画像の日付については、異なる衛星を運用する複数の企業が同時期に撮影した画像を入手し、内容に矛盾がないことを確認した。