2022年12月号掲載
最新 戦略の地政学 専制主義VS民主主義
著者紹介
概要
「地政学」は、国家の戦略形成に、地理的な環境や歴史などが与える影響を探る学問だ。2022年、ロシアのウクライナ侵攻で、専制主義と民主主義の国々の対立が深まっている。激変する国際情勢。それを理解する上で、カギとなるのが地政学だ。安全保障の専門家が、地政学の視点から大国の地政戦略、“新冷戦”の時代を俯瞰する。
要約
地政学の誕生
地政学とは、地理的な環境や歴史、文化、伝統が国家の戦略形成にどのような影響を与えているのかを総合的に探究する学問的アプローチである。
ランドパワー対シーパワー
学問として地理と現実の国際関係を体系的に捉えるようになったのは、20世紀に入ってからだ。
1904年、ハルフォード・ジョン・マッキンダー博士は、国家群を2つに類型化した。1つは、ユーラシア大陸の内部や欧州東部に位置し、交易や人の移動の主な手段を陸上輸送に依存している内陸国家。もう1つは、ユーラシアの外縁などに位置し、交通の手段を海上輸送に依存している海洋国家である。彼は、この内陸国家を「ランドパワー」、海洋国家を「シーパワー」と呼んだ。
そして彼は、次の点を主張した。
- ①ランドパワーは、土地に対する執着が強く、支配地域を拡大しようとする攻撃的な傾向がある。
- ②シーパワーは土地の支配権獲得よりも、交易を通じて得た権益を守ろうとする傾向が強く、ランドパワーほど攻撃性が高くない。
ここでいうランドパワーとは、当時、膨張する傾向を見せ始めていたロシアとドイツであり、シーパワーは、英国、西欧諸国、米国や日本などの国家群を指していた。
マッキンダーは、ランドパワーとシーパワーは対立する宿命的な性質を抱えているとした。そして、シーパワーである英国が主導して、他のシーパワーとの連合体を作り、ロシアやドイツのランドパワーの台頭に対抗すべきであると主張した。
こうしたマッキンダーの分析は世界的に高く評価され、英国が第一次、第二次世界大戦に参戦する際の戦略の策定に大きな影響を与えた。
ランドパワーの地政学「生存圏」
しかし、これは英国や米国、西欧などシーパワーの国家の論理である。ランドパワーにはランドパワーなりの地政学論があった。
ランドパワーの国々で最初に地政学を体系化して論じたのは、ドイツだ。ドイツの地理学者・生物学者フリードリヒ・ラッツェルは、1897年、国家を生きている有機体として定義し、その生物学的特性は地理や気候条件などによって特定されるとして、「国家有機体説」を初めて提唱した。
この説の最大の特徴は、国家には生き物としての生きる権利があり、その生命を維持するために、実力にふさわしい生存スペースを獲得しなくてはならない、ということだ。そして、自分の生存の範囲を確保するためなら、国家は力を行使してでも、他の集団から自分の領域を獲得しなくてはならない、とラッツェルは主張した。
これこそが、世に言う「生存圏」思想の原点で、ラッツェル亡き後、彼の思想はナチスの膨張主義の理論的な根拠として発展していくことになる。