2023年4月号掲載
貴族とは何か ノブレス・オブリージュの光と影
著者紹介
概要
「自分たちは特別な存在」「何をしても許される」…。近年、そう言わんばかりの「上級国民」の姿がたびたび社会を騒がせている。そんな世の中にあって、「高貴なる者の責務(ノブレス・オブリージュ)」のあり方を問い直す書だ。歴史を繙けば、貴族は特権だけでなく、社会に対する責務も負っていた。経済格差が広がる今日、その精神に学ぶべき点は多い。
要約
「貴族」の形成
現代の日本人にとって「貴族」という言葉は何を連想させるだろうか。多くの人が思い浮かべるのは、数々の特権を振りかざし、「平民」たちを犠牲にする姿かもしれない。
そんな否定的なイメージは、近年の造語からも窺える。例えば2021年東京五輪の際に、法外な厚遇を受けたとして国民から非難を浴びた「五輪貴族」などがある。
確かに歴史上、貴族には免税をはじめとする「特権」が伴っていた。しかし、こうした特権には、近年、日本で「上級国民」といわれる人々が謳歌しているのとは異なり、必ず「責務」も伴っていた。貴族には無私の責務が求められ、彼らは「徳」を示す存在でなければならなかった。
「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の責務)」とは、高貴な身分の者には社会に対して果たさなければならない責務が伴うという意味だ。それは戦乱の世では軍務であり、平和の時代には人々の生活を豊かにするための責務といえよう。
「自分たちは特別な存在」「何をしても許される」と言わんばかりの一部の富裕層らの姿とは裏腹に、貴族は国民を護らなければならないという信念によって、人々から信頼を得てきたのである。
では、貴族は、どのように形成されてきたのか。
プラトンの「貴族政治」
古代ギリシャの哲学者プラトンが理想の政体としたのは、「徳」を備えた人々による「貴族政治」だった。古代ギリシャ語で「貴族」を示すaristosは、「すぐれた」「優秀な」を意味する。
プラトンが理想とした統治形態は、「哲学者たちが国々において王となって統治する」か「現在王と呼ばれ、権力者と呼ばれている人たちが、真実にかつ十分に哲学する」かのいずれか、すなわち「哲人王」による統治であった。
プラトンは国制を、4つに分類している。①名誉支配制、②寡頭制、③民主制、④僭主独裁制、の4つである。プラトンによれば、この順番でギリシャの国制は推移していった。
名誉支配制とは、まさに「哲人王」による「王制」もしくは「優秀者支配制」を意味している。それは、豊かな理知と「徳」を備えた人々を「守護者」とする国制である。そのような支配者たちの中に、1人だけ傑出した人物が現れる場合には「王制」と呼ばれ、優れた支配者が複数である場合は「優秀者支配」と呼ばれる。
プラトンが最善の国制と呼んだのがまさにこれだが、やがて支配者たちは殖財に邁進し、次の寡頭制へと転じていった。プラトンによれば、「富と徳」とは対立関係にあり、金をつくることを尊重すればするほど、人々は徳を尊重しなくなる。