2023年5月号掲載
他者と働く ――「わかりあえなさ」から始める組織論
著者紹介
概要
上司と部下、開発部と営業部…。組織における人間関係、立場の違いから起こる問題は、ノウハウだけで解決するのは難しい。必要なのは、他者との間の「溝」に気づき、そこに「橋を架ける」こと。その方法を、気鋭の経営学者が説く。論破するのでもなく、忖度するのでもない、すべての人間関係に有効な「対話」の教科書だ。
要約
組織で起きる厄介な問題
「新たな事業を興していける組織はどのようなものか」。私は、これをテーマに研究をしている。講演をすると、次のような質問をよく受ける。
「あなたの言うような考え方は大切だと思うけれど、なかなか実践することが難しい…」
技術的問題と適応課題
ハーバード・ケネディ・スクールで25年間リーダーシップ論の教鞭をとったロナルド・ハイフェッツ。彼は、既存の方法で解決できる問題のことを「技術的問題」、既存の方法で解決ができない複雑な問題のことを「適応課題」と定義した。
例えば、職場で、各々が持っているデータを共有しなくてはならない場合、クラウド上にデータを保存するサービスがあることを知っていれば、問題は解決できる。これは、技術的問題だ。
一方、適応課題とは、クラウドサービスの導入を提案したら、「それはこういうリスクがある」と反対されるケース。そして、そのリスクは回避できるといくら説明しても、別な理由をつけてまた反対される場合、それは適応課題だとわかる。なぜなら、語られている言葉の背後には、語られていない何か別なことがあると考えられるからだ。
例えば、「問題が起きた時に対処することが面倒」など、相手に何らかの痛みが予想されたりする場合は、単に「こうする方が合理的だ」と主張しても解決しない。変化がもたらす恐れを相手が乗り越えることを可能にしていかなければ、物事が先に進まないからである。
こうした見えない問題、向き合うのが難しい問題、すなわち適応課題をいかに解くか ―― それが「対話」である。対話とは、一言で言うと「新しい関係性を構築すること」である。
道具としての関係性からいかに脱却するか
対話について重要な概念を提示した、哲学者のマルティン・ブーバーは、人間同士の関係性を大きく2つに分類した。1つは「私とそれ」の関係性であり、もう1つは「私とあなた」の関係性だ。
「私とそれ」は、向き合う相手を自分の「道具」のように捉える関係性のことだ。
例えば、レストランに行った時、「店員」に、一定の礼儀や機能を求めることはないだろうか。お金を払っているのだから、店員なのだから、要望を言えば水なり料理なりを提供してくれる、と。
ビジネスにおいて、こうした関係はよくある。仕事の関係なので、立場や役割によって「道具」的に振る舞うことを要求する。人間性とは別に道具としての効率性を重視した関係を築くことで、スムーズな会社の運営や仕事の連携ができる。逆に、期待していた機能や役割をこなせなければ、信用をなくしたり、解雇されたりする。