2024年10月号掲載
カウンターインテリジェンス ――防諜論
著者紹介
概要
日本は“スパイ天国”!? 大手自動車部品メーカーの最先端技術、国立研究開発法人の技術情報をはじめ、外国のスパイによる情報流出が後を絶たない。これを阻止し、日本が国際社会で生き抜くには、「カウンターインテリジェンス=防諜」が欠かせない。その理論と日本における課題を、「情報」と「諜報」のプロが徹底解説する。
要約
ロシア・中国のスパイ活動
日本は、「スパイ天国」と揶揄されている。諸外国の諜報事件などによる機密情報の流出などが後を絶たない。
ロシアスパイへの情報漏洩
例えば、2020年5月、ソフトバンク元社員により機密情報がロシアに流出するという事件があった。警視庁は、元在日ロシア通商代表部の代表代理だったアントン・カリニンを不正競争防止法違反教唆の疑いで書類送検した。
カリニンは元社員を飲食店で饗応し、密な友人関係を築きながら、電話基地局など通信設備工事をする際の作業手順書等の機密情報を繰り返し入手したとされる。1回につき数万~約20万、計数十万円の報酬が元社員に渡ったと報じられている。この元代表代理はロシア対外情報庁で科学技術に関する情報を収集する部署の一員であった。
ロシア機関員が見せる人心掌握術
ロシアの情報機関員は、どのような手法を使って対象者の心を掴むのか。
一般的に、スパイがエージェント(協力者)を獲得するためには、金や性癖、名誉や信用、思想信条などにアプローチするといわれている。しかし実際には、獲得工作に着手する以前の段階として、深い信頼関係を構築する。
典型的な例が、2000年9月のボガチョンコフ事件だ。この事件では、機関員とみられる在日ロシア大使館付海軍武官ボガチョンコフ大佐が、海上自衛官から自衛隊内の秘密文書を入手していた。
この自衛官の息子は白血病であり、医療費等で経済的に困窮していた。ボガチョンコフは見舞金を渡すとともに、自衛隊員に寄り添い続けることで信頼関係を構築。完全に心を掌握した段階で情報要求を行った。自衛官の供述によれば、「ボガチョンコフといる時間は、家族と過ごすより心が安らいだ」とまで言わしめている。
産総研の中国籍研究員による技術情報流出
中国が関与した技術流出事件もある。
2023年6月に国立研究開発法人「産業技術総合研究所」(産総研)に所属する中国籍の主任研究員が、技術情報を中国企業に流出させたとして、警視庁に逮捕された。逮捕された権恒道元研究員は、1年以上前から職場メールで中国企業とやり取りしていたと報道されている。
本事件では、元研究員が技術を入手し、中国の化学製品メーカーに情報を流出、当該メーカーが中国で特許を取得した。
この元研究員の経歴からは中国国防関連組織との濃い接点が伺え、日本の先端技術が非合法手段で中国に流出し、それが中国の軍事力強化と日本の安全保障上の脅威を高めている実態が見える。