2024年12月号掲載

異次元緩和の罪と罰

最新号掲載 異次元緩和の罪と罰 ネット書店で購入
閉じる

ネット書店へのリンクにはアフィリエイトプログラムを利用しています。

※『TOPPOINT』にお申し込みいただき「月刊誌会員」にご登録いただくと、ご利用いただけます。

※最新号以前に掲載の要約をご覧いただくには、別途「月刊誌プラス会員」のお申し込みが必要です。

著者紹介

概要

2013年、「これまでとは全く次元の違う金融緩和」として始まった“異次元緩和”。2024年3月、日銀はこれに終止符を打つ。財政規律の弛緩、膨れ上がった日銀の国債保有残高、メディアや国民の不信…。類例がないこの政策は、日本経済の姿を変えた。元日銀理事が異次元緩和の11年間を総括し、問題点の数々を明らかにする。

要約

異次元緩和は成功したのか?

 2024年3月、日本銀行はついに“異次元緩和”に終止符を打った。

 異次元緩和とは、元財務官でアジア開発銀行総裁だった黒田東彦氏が2013年の日銀総裁就任直後に始めた金融政策をいう。当初の正式名称は「量的・質的金融緩和」だった。「異次元」の呼称は、記者会見で黒田総裁が「これまでとは全く次元の違う金融緩和」と述べたことにちなむ。

金融緩和とは何か

 金融緩和とは、中央銀行が、主に銀行等の金融機関から国債や債券などを買い入れ、これらを通じて世の中に出回る資金量を増やしたり、金利を押し下げたりすることによって、景気を刺激する手法をいう。このうち、金利の引き下げ余地が乏しくなるなどの理由で、特に資金量の増加に焦点を当てて実施する金融緩和を量的緩和と呼ぶ。

 量的・質的金融緩和とは、この量的緩和に、通常の金融緩和策では行われない質的緩和を上乗せしたものだ。具体的には、償還までより長期にわたる長期国債や株式・不動産などのリスク性資産の買い入れがこれに相当する。

 これらは、以前の日銀が、リーマンショックなどの危機時に緊急対策として導入したものだ。こうした危機時に用いられる手段は、中央銀行による市場への介入強化を意味し、副作用が大きいと考えられてきた。このため、どの中央銀行も危機が収まった後は速やかな収束を図ってきた。

 このように本来であれば緊急避難的に行う質的緩和策を、平時に、しかも前例のない規模で導入したのが、異次元緩和だった。

 2013年4月の記者会見で、黒田総裁は、巨大なパネルを掲げて、報道陣に目標を力強く説明した。

  • ・物価安定の目標は「2%」(CPI〈消費者物価指数〉前年比)
  • ・達成期間は「2年」を念頭にできるだけ早期に
  • ・マネタリーベースは2年間で「2倍」に
  • ・国債保有額・平均残存期間は2年間で「2倍以上」に

 パネルには、「2」の数字がずらりと並び、赤く大きな文字で強調された。2%の物価目標を2年で実現するという公約を誰にでもわかりやすく情報発信することで、市場や国民の期待(インフレ心理)を転換させようとしたものである。

延々と続けられた異次元緩和

 黒田氏は、2023年4月の任期満了をもって退任し、総裁職は元東京大学教授の植田和男氏に引き継がれた。植田日銀は、約1年後の2024年3月、「物価目標2%の持続的、安定的な達成を見通せる状況に至った」として、異次元緩和を解除した。

 だが、これを異次元緩和の成果とみなすのは無理があるだろう。なんといっても、当初2年程度での達成を目指した政策だ。それが11年もの歳月を費やした。黒田総裁の任期中の10年間に、金融政策の柱として掲げた「2年程度での物価目標2%の達成」を実現できなかったことは明白だ。

この本の要約を読んだ方は、
他にこんな本にも興味を持たれています。

ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論

デヴィッド・グレーバー 岩波書店

バブルの世界史 ブーム・アンド・バストの法則と教訓

ウィリアム・クイン 日経BP・日本経済新聞出版

政府は巨大化する 小さな政府の終焉

マーク・ロビンソン 日経BP・日本経済新聞出版本部

僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない ――デフレしか経験していない人のための物価上昇2000年史

スティーヴン・D・キング ダイヤモンド社