1万名以上の『TOPPOINT』定期購読者へのアンケートをもとにベストビジネス書を決定する「TOPPOINT大賞」。7月25日に発表した第40回(2024年上半期)では、戦略論と経営理論の世界的権威であるリチャード・P・ルメルト氏の著書、『戦略の要諦』(日経BP・日本経済新聞出版)が第1位となりました。
8月には「TOPPOINT大賞受賞書籍フェア」が丸善ジュンク堂書店・文教堂・未来屋書店の主要大型店にて開催され、その様子は弊社のX(旧Twitter)でも随時ご紹介しました。実際に書店を訪れて、フェアをご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。私もいくつかの店舗を往訪し、担当の方にお話を伺いました。
『戦略の要諦』著者の前著はロングセラー
フェアの開催店舗を訪れた際、ビジネス書の棚で『戦略の要諦』の著者、ルメルト氏の前著である『良い戦略、悪い戦略』(リチャード・P・ルメルト/日本経済新聞出版社)が目につきました。本書はカバーが「真っ赤」なため、目を引きやすいのです(ちなみに、原書のカバーは白と黒のシンプルなデザインとなっており、なぜ日本で「赤く」なったのか不思議です)。
今から10年以上前、2012年に刊行された本ですが、今なお書店の棚で存在感を示しています。日経BPのX(日経の本)によれば、今年の7月に重版され、22刷となったそうです。
今週は、このロングセラー『良い戦略、悪い戦略』をPick Upします。
戦略とは何か
戦略論の権威として知られるルメルト氏が説く「戦略」ならば、難解ではないのか。そう想像されるかもしれません。しかし、それはとても“シンプル”です。
戦略を野心やリーダーシップの表現とはきちがえたり、戦略とビジョンやプランニングを同一視したりする人が多いが、どれも正しくない。戦略策定の肝は、つねに同じである。直面する状況の中から死活的に重要な要素を見つける。そして、企業であればそこに経営資源、すなわちヒト、モノ、カネそして行動を集中させる方法を考えることである。
(『良い戦略、悪い戦略』 4ページ)
ビジネスの現場では、「戦略」という言葉がよく飛び交っています。しかし、人によって、その意味が違っていることが多いのでは? この部分を読むと、そう思わずにはいられません。良い戦略を立てるには、まず「戦略」という言葉の意味を、組織として定義し、共有する必要があるのではないでしょうか。
ただ、これは「戦略」に限ったことではありません。例えば、最近なら「DX」や「サステナビリティ」など、よく使われるビジネス用語があります。こうした言葉も組織として意味を定義しておくことが、無用な混乱を招かないために求められるでしょう。
悪い戦略とは?
ルメルト氏が「戦略を野心やリーダーシップの表現とはきちがえたり、戦略とビジョンやプランニングを同一視したりする人が多い」と述べているように、そうした原因により生み出された「悪い戦略」は世に多く存在します。本書では、「悪い戦略」の特徴を次の4つに分類しています。
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- ①空疎である
- ②重大な問題に取り組まない
- ③目標を戦略と取り違えている
- ④間違った戦略目標を掲げている
こうした特徴に、心当たりのある方もいるでしょう。例えば①の「空疎である」戦略とは、自明の内容を専門用語や業界用語で「煙に巻く」ような戦略のことです。一例として、本書ではある大手リテール銀行の戦略を紹介しています。それは、「われわれの基本戦略は、顧客中心の仲介サービスを提供することである」というものです。この戦略を、ルメルト氏は次のように批判します。
「仲介サービス」というのはなかなか響きの良い言葉だが、要はお金を預かって貸し出すということで、銀行の本業にほかならない。「顧客中心」は最近の大流行の言葉で、サービス業なら改めて言うまでもないことである。(中略)要するに「顧客中心のサービス」はまったく中身のない言葉である。この銀行の戦略から厚化粧をはがせば、「われわれの基本戦略は銀行であることである」となってしまう。
(『良い戦略、悪い戦略』 56ページ)
広告や記事などでこの戦略を目にすれば、一見「なるほど」と思うでしょう。しかし、このように分析すると、その戦略が“真の戦略”ではないことが明らかになります。悪い戦略について学んでから、自社や他社の戦略を改めて眺めてみれば、「これって戦略じゃないのでは?」と気づくことが多いかもしれません。
良い戦略とは?
では、良い戦略とはどのようなものでしょうか。「良い戦略はめったにない」と語るルメルト氏によれば、それはしっかりした論理構造をもっているといいます。
良い戦略には、しっかりした論理構造がある。私はこれを「カーネル(核)」と呼んでいる。戦略のカーネルは、診断、基本方針、行動の3つの要素で構成される。状況を診断して問題点を明らかにし、それにどう対処するかを基本方針として示す。(中略)この基本方針の下で意思統一を図り、リソースを投入し、一貫した行動をとる。
(『良い戦略、悪い戦略』 11ページ)
詳しい解説は本書をお読みいただければと思いますが、大事なことは、診断、基本方針、行動の3つの要素が一貫していることです。企業にとって、良い戦略はどのようなものになるのでしょうか。ルメルト氏はこう述べます。
企業にとって大切なのは、やみくもに業績目標を掲げるのではなく、状況を診断して課題の本質をみきわめることである。この診断がついたら、どうすれば最も効率的かつ効果的に対処できるか、方針を決める。そして一連の行動とリソース配分をデザインし、方針を実行に移す。
(『良い戦略、悪い戦略』 109~110ページ)
良い戦略の一連の流れは、医師が病気を治療する行為をイメージするとわかりやすいかもしれません。本書でも例を挙げていますが、医者は患者の病状を「診断」して、病名をつけます。次に治療法という「方針」を決め、それに基づいて投薬などの「一連の行動」を調整して治療を行います。
会社や組織を1つの「人体」としてイメージし、その人の病気(=問題点)を見つけて治療を行う。そう考えることで、焦点を絞ることができ、戦略を立てやすくなるのではないでしょうか。
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訳者の村井章子氏が「訳者あとがき」で述べているように、『良い戦略、悪い戦略』で説かれる戦略論には普遍性があります。企業だけではなく、学校や病院、ボランティア組織などにも応用できるでしょう。
『戦略の要諦』を読んだけれど、本書は未見という人には、ぜひ一読をおすすめします。どちらもまだ読んでいない人は、まずこちらを読んでから、『戦略の要諦』を読んではいかがでしょうか。
(編集部・小村)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
このPick Up本を読んだ方は、
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