2008年2月号掲載
幸田露伴の人生哲学名著『努力論』 小さな努力で大きく報われる法
概要
深い教養と鋭い洞察力をもって、『五重塔』など、多くの優れた作品を著した幸田露伴。中でも『努力論』は随筆の代表作といえ、運命の開き方、精神の高め方、集中力の鍛え方等、人が幸せに生きるための示唆に溢れている。本書は、この『努力論』を学生時代より座右の書としてきた渡部昇一氏が現代語に訳したもの。不朽の名著のエッセンスが、やさしく語られる。
要約
「福」を積み立てる3つの秘訣
船を出して風に遇う。その風が自分の行きたい方向に吹いている時は「順風」といって喜び、向かい風の時は「逆風」といって嘆く。
例えば、同じ南風でも、北行する船には福となっても、南行する船には福とはならない。
つまり、順風として喜んでいる人が遇っている風は、逆風として嘆いている人が遇っている風と同じなのである。
幸不幸というものも、この風の順逆と同様、つまりは主観の判断によるものである。
しかし、大まかに、幸福な人、不幸な人と仕分けして観察すれば、福を得る人には、次のような精神が具わっている。
惜福
まず第一に、幸福に遇える人は「惜福」の工夫ができる人である。
惜福、すなわち「福を惜しむ」とは、福を使い果たしたり、取り尽くしてしまわないことをいう。
木の実でも花でも、十二分に実らせ花を咲かせれば、収穫も多く美しい。だが、そうすると木は疲れてしまう。
そこで、100個の実が実らないうちに数十個摘み取ってやる。これが惜福である。こうすることで花も大きく実も豊かになり、木も疲れないから、来年もまた花を咲かせ実をつけることができる。
不思議なことに、この惜福の工夫を積んでいる人は福によく出遇い、惜福の工夫に欠けた人はめったに福に出遇わないものである。
徳川家康は豊臣秀吉より器量において劣っていたかもしれないが、惜福の工夫において勝っていたため、徳川三百年の礎を築くことができた。古紙1枚も粗末にしなかった家康は、聚楽第の栄華を誇った秀吉を凌いだのである。