2011年7月号掲載
大河の一滴
著者紹介
概要
人間性を信じ、愛を掲げて、前向きに生きるのは悪いことではない。しかし、人間の存在そのものを悪と見て、そこから出発する生き方もあるのではないか ―― 。かく語る作家、五木寛之氏による人生論。プラス思考で頑張ることに少し疲れた。そんな人々へ向け、『歎異抄』の教え、また自らの体験も交えつつ、“大河の一滴”たる人間の生き方について綴る。
要約
人はみな大河の一滴
私はこれまでに2度、自殺を考えたことがある。
だが、現在、私はこうして生きている。当時、どうしてあれほどまでに自分を追いつめたのだろうと、不思議な気がしないでもない。
しかし、私はその経験をばかげたことだなどとは考えていない。今では、自分がそんな経験を持ったことを、とてもよかったと思うことさえある。
人間は誰でも、本当は死と隣り合わせで生きている。自殺、などというものも、特別に異常なことではなく、手を伸ばせばすぐ届くところにある。
そう考えてみると、この〈生きている〉ということもまた、なかなか大変なことなのだ。
人は誰でも日々の暮らしの中で、立ち往生してしまって、さて、これからどうしよう、と、ため息をつく場面にしばしば出会う。
私たちはそんな時、フーッと体から力が抜けていくような感覚を味わう。昔の人たちは、そういった感じを「こころ萎えたり」と言った。
心が萎えた時、私たちは無気力になり、投げやりな心境になってしまうものである。
人生は苦しみと絶望の連続である
どんな人にも、人生のふっとした折に、「心が萎える」という状態が必ずある。
しかし、考えてみると、そこには人生に対する無意識の甘えがあるような気がしないでもない。
そもそも現実の人生は決して楽しいだけのものではない。明るく、健康で、幸せに暮らすことが市民の当然の権利のように思われている最近だが、それは間違っていると私は思う。