2013年10月号掲載

悪魔のささやき

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著者紹介

概要

現代科学では、悪魔の存在を認めていない。だが著者は、悪魔は存在するという。実際、これまでに会った多くの殺人犯や自殺未遂者は、実行する際、「悪魔がささやいた」と語ったという。悪魔がささやくとは、どういうことか。精神科医・作家として長年日本人の心を見つめてきた著者が、人を破滅に追いやる「悪魔のささやき」の正体を、各種の事例を基に分析する。

要約

悪魔はいかにして人を惑わすか

 精神科医として、私は、これまでにいろいろな種類の犯罪者と出会った。

 窃盗犯、詐欺犯、放火犯、暴力犯、そして殺人犯。私が最も興味をひかれたのはゼロ番囚 ―― 収容番号の末尾がゼロの囚人だった。その大半は、強盗殺人や強姦殺人を犯した凶悪重罪犯である。

 ゼロ番囚と何度も会って話を聞くうち、この人たちは私と同じ人間なんだと痛感させられた。

 ゼロ番囚といえども、そのほとんどは、自分に人が殺せるとは夢にも思ってはいなかった。なのに気がつけば、ある日、殺人者になっていたのだ。

人が悪事に走る時

 では、人はいかにして殺人者となるのか。

 1956年、東京銀座で弁護士の妻と娘を殺害した別府佽男のケースを見ると、中華料理店の出前持ちだった別府は、店の客だった弁護士のもとを訪ねた。金がなかったので、どこかに空き巣に入ろうと考え、その偵察のつもりだったそうだ。

 弁護士は出かけるところで、顔見知りだった奥さんがお茶やミカンを出してくれた。やがて、家の中には彼と奥さん、2人だけが残される。

 「奥さんは小柄で、いかにも無力そうな細い首をしていて、その首が私の両手でもってキュッとつかめそうだったんですよ。で、奥さんがうしろを向いたとき首をつかんで絞めたら、あっけなく死んでしまった。(中略)まるで悪魔にでもささやかれたみたいに、ついふっと手がのびて…」

 別府だけでなく、自分の犯罪について語ってくれた殺人犯たちの多くが、最後に「結局、あの時なぜあんなことをしたのかわかりません」と言う。

 その言葉を単なる言いのがれや嘘ではないと感じるのは、殺人というものについて真剣に考えれば考えるほど、精神科医である私自身もまた、はたと行きづまってしまうからである。

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