「悪魔は果たして存在するのか」―― かつてイエズス会の神父さんに投げかけた質問は、私自身が数十年にわたって考え続けた疑問でもあります。刑務所や拘置所で出会った犯罪者や病院で診療してきた患者さんたちと向き合い、同時に自分自身の内面を覗きこみながら、そしてまた聖書や文学に描かれた悪魔というものも手がかりにしながら、つらつらと考え私なりに出した結論は、やはり悪魔はいるだろうということです。(中略)これだけは断言できます。少なくとも私たち人間の心のなかには、悪魔的なものが確固として存在している、と。
解説
精神科医の著者は言う。―― ちょっと考えてみてほしい。派手に人が殺されるアクション映画を楽しんで見てはいないか。あんなやつ車にひかれればいいのに、などと思ったことはないか。
犯罪というのは、殺人にしろ強盗にしろ、そういった普通の人間が持つ欲望の実現である。
私たちは、人を殺す映画やゲームを殺人者の心になって楽しむことができる。もちろん、大部分の人は空想の世界で遊ぶだけで、現実の行為には走らない。それは、道徳や良心や理性といった、ちょっとした歯止めが働くからだ。
だが、その歯止めは、波打ち際に作られた砂の城さながらに脆い。ここまでは波が届かないから大丈夫と思っていても、少し強い風が吹けば高波に洗われ、消える。そして、それまで心と肉体の奥に抑えつけていたものが外側にあふれ出す。
犯罪者に、殺人なら殺人という行為に向けて走り出した瞬間について聞くと、意識的な行動ではなく、「ついフラフラッと」「気がついたら動いていた」などと口にする人が多かった。
そうした悪魔のささやきの特徴は、曖昧でぼんやりした心に働きかけてくる、ということなのだ。
編集部のコメント
戦前の軍国主義、1960年代の学園闘争、オウム真理教事件、そして世間を震撼させた殺人事件…。『悪魔のささやき』は、こうした数々の実例をもとに、現代日本人の心に潜む「暗部」を分析した書です。
著者は、精神科医・作家として半世紀以上にわたり日本人の心を見つめてきた加賀乙彦氏。氏が本書を書くきっかけとなったのは、ドストエフスキーの小説『悪霊』でした。
『悪霊』のエピグラフでは、『新約聖書』ルカ福音書8章32節の話が紹介されています。それは、悪霊が豚に入り、その豚の群れが崖からガリラヤ湖になだれこんで溺れ死ぬというものでした。加賀氏は、その情景と、オウム真理教の科学に詳しい優秀な若者たちが、麻原彰晃のマインド・コントロールを受けて自滅していく姿が重なったといいます。
加賀氏によれば、人は意識と無意識のはざまの「ふわふわとした」心理状態にある時、「自分ではない者の意志」のように感じられる力によって、罪を犯したり、自殺を試みたり、扇動されて一斉に同じ行動に走ってしまったりするそうです。その実行を後押しする力のことを、氏は「悪魔のささやき」と呼んでいます。
氏は、人間誰でも悪魔のささやきによって破滅へと走り出す恐れがあるといい、日本人は特にその傾向が強く、近年ますます強まってきている、と警鐘を鳴らしています。
『悪魔のささやき』は2006年に刊行されました。今から20年近く前の本ですが、現在に至るまで新たな凶悪犯罪は発生を続けており、自殺者も毎年2万人を超える状況において、凶悪犯罪を起こす人や、自殺に至る人の心理を理解するために、今なお参照されるべき1冊といえるでしょう。
なお、TOPPOINTライブラリーでは、加賀乙彦氏の著作として、他に『不幸な国の幸福論』(集英社)もご紹介しています。こちらは、幸せになれない日本人の特性を明かし、不幸を幸福に変える心の技術を説いた書です。日本人の心理に興味のある方は、ぜひこちらもお読みください。