2020年3月号掲載
世界を知るための哲学的思考実験
著者紹介
概要
遺伝子操作やAI、人口減少…。今日、私たちが直面する様々な問題、予測不能な世界を理解する上で役立つのが「思考実験」だ。つまり、頭の中で「もし~ならば…」と考える。「チンパンジーとの子どもを望む女性がいたら?」「AIが人の仕事を奪う社会でも資本主義は続くのか?」など、極限的な事態を考えることで、思考の幅が広がる!
要約
世界を理解するための「思考実験」
哲学では問題を考える時、データを集めたりして結論を出さない。哲学の議論で問題となるのは基本的な概念や考え方で、それらは実験では解決できない。そのため、抽象的な議論になる。
しかし、抽象的な議論だけでは問題がリアルに感じられない。議論を具体的な形で捉えるには、“思考実験”が必要だ。すなわち、頭の中で「もし~ならば、どうだろうか」と考える。
思考実験は、世界を理解するために行うものである。では、私たちは今、どのような世界に直面しているのか。いくつか思考実験を行ってみよう。
「人類最後のタブー?」に挑戦
1950年代に、DNAの二重らせん構造が解明されて以来、バイオサイエンスは飛躍的に発展してきた。2018年には、「ゲノム編集」した子どもが中国で誕生した、というニュースが伝えられた。これについては、世界的に大きな批判が巻き起こっているが、はたして問題はどこにあるのか?
プリンストン大学の生物遺伝学教授リー・M・シルヴァーは、学生に次のような話をした。
―― ヒトとチンパンジーのDNAは、ほぼ99%まで同じ。チンパンジーとヒトは染色体の面で非常に似ているので、科学者の大部分が、この2種の交配による子どもは生存可能だと考えている。
この話を聞いた女子学生が教授に、自分の卵子をチンパンジーの精子と合わせて受精卵を自分の子宮で育て、その観察記を卒論にまとめたいと言った。教授が、赤ん坊が生まれた後はどうするのかと尋ねると、「生まれる前に中絶」するという。
この問題をどう考えたらいいのだろうか。
交配種を産むという思考実験
まず、女子学生が、最初から妊娠中絶することを想定している点に注目しなくてはならない。中絶に関しては、女性の自己決定が最大限重視されるべきだ、というのが今日の常識であろう。
しかも、胎児は「半ヒト、半チンパンジーの子ども」であるから、母親(女子学生)が中絶を選択するとしても、反対する(産めと強要する)理由はなさそうだ。とすれば、女子学生の質問に、ゴーサインを出してもいいのではないか?
だが、中絶(殺害)を前提に、生命を宿すこと自体が不謹慎だ、という批判も可能かもしれない。