1998年3月号掲載

慎思録

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概要

江戸時代の儒学者、貝原益軒の代表作である『慎思録』。「人生まれて学ばざれば、生まれざると同じ…」という一文から始まる同書は、学問や人生などに関する益軒の哲学を著したものだ。なぜ、人は学ばねばならないのか。人はどう生きるべきか。この人生指南の書から現代にも通じる項目を選び平易に解説した、味わい深い1冊。

要約

ユニークな儒学者、貝原益軒

 貝原益軒(1630~1714年)は九州の黒田藩士・貝原寛斎の五男として生まれた。6歳で母と死別し、転居を繰り返すなど、少年期は孤独だった。そんな彼にとって、友といえるのは文学書だった。

 長じて益軒は、黒田藩の儒者となる。彼は当時を代表する儒者の1人であったが、他の儒者たちとはいささか視点を異にしていた。体系的な儒学者というよりは啓蒙的な学者、言い換えれば、人生哲学の学者であったのだ。

 なぜ、益軒は他の儒者と視点を異にしていたのか。それを知る上で、見落とせない出来事がある。

 1650年、益軒が21歳の時、黒田藩主忠之の怒りにふれ、禄を失う事件である。以来、7年間にわたって浪人生活を余儀なくさせられた。

 しかし益軒は、この逆境をプラスに転じている。領域の広いユニークな益軒の学問が大成するのは、71歳の退官以後のことだが、その益軒学の基礎は、この浪人期に確立されたことは確実である。

 益軒の著書の中で、思想史上最も重要視されるものは、『自娯集』『慎思録』『大疑録』の3冊である。この3部作は「学問とは何か」という根本的な問いに答えながら、益軒の哲学を語っている。3冊に共通して流れている思想の根本は、「道を思い、実践躬行すること」。彼は、人間愛を思想のベースにして、工夫に工夫を重ねて新しい創造の世界に生きることを強調している。

 『慎思録』の冒頭の言葉は「人生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。学びて道を知らざれば、学ばざると同じ」から始まる。学んでそれを実践することが万人の勤めである。そう考えていた益軒は、ひろく学び、慎んで深く思ったことを自ら実行した。口先だけの学者ではなかったのだ。

 『慎思録』における益軒の教えは、上から下に向かって教えを垂れるという姿勢ではなく、一般の人々の心の中に入り込んで、内側から考えながら説得していくものだった。この姿勢は、益軒の「庶民と共に生きる」精神、そして人間愛の精神から由来するものである。

『慎思録』の教え

 では、『慎思録』の中から、益軒の教えのいくつかを紹介していこう。

礼儀なくして人なし

 人の人であるわけは、礼儀正しいからである。人がもし礼儀を失すれば、禽獣(鳥と獣)と何も異ならない。礼儀とはこれほどまでに重いものだ。

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