2012年8月号掲載
人間の達人 本田宗一郎
著者紹介
概要
本田宗一郎は戦後、瓦礫の中から“世界のホンダ”を築いた。人々を引っ張り、前へ進む。その生き様を見る時、東日本大震災で傷ついた今の日本に、最も必要なタイプの人物のようにも思える。「我々は、日本にも宗一郎のようなリーダーシップに溢れる、エネルギーに溢れる、人間の達人がいたことをもっと理解した方がいい」。こう語る著者が、彼の魅力に今、改めて迫る。
要約
人・組織・仕事への思い
その人の存在そのものが、何事かをそれだけで伝えている、という人がいる。
戦後の焼け野原でのゼロスタートの創業から「世界のホンダ」を育てた天才技術者・経営者、本田宗一郎も、その珍しい例の1人である。
存在自体が多くの人にメッセージを発しているのは、もちろん彼の経営者・技術者としての成功の大きさがあってのことだろうが、最大の原因は、彼が人間の達人だったことだ、と私は思う ―― 。
現場の人たちに、ありがとうを伝えたい
1973年9月、ホンダの社長を退任した宗一郎は、翌74年1月、南九州のホンダの営業所やサービス工場を巡るべく、鹿児島空港に降り立った。
最前線で顧客と直に接している現場の人たち「全員に」お礼をいう。それが、旅の目的だ。
南九州を皮切りに、彼は全国700カ所の事業所のほぼ全てを回った。要した期間は、実に1年半。
社長になってから、現場を知るために現場回りをする経営者は多い。しかし、社長を退いてから子会社の営業・サービスの現場の人たちに感謝する旅に出る、そんな経営者がいるだろうか。
当時すでに有名人となっていた宗一郎が現場に行く。それは、目立たないところで仕事をしてくれている裏方への、彼らしい感謝の表現であった。
人の心に棲んでみる
宗一郎は、他人の心理を読み分ける能力が優れていた。その心理を読むコツを、宗一郎は「人の心に棲んでみる」と表現したことがある。
単に他人の心理を外部者として考えるのではなく、相手の心に棲む。すなわち、自分をその立場に置き、一瞬の話ではなくどっぷりとつかるのだ。
「人の心に棲むことによって、人もこう思うだろう、そうすればこういうものをつくれば喜んでくれるだろうし、売れるだろうということが出てくる。それをつくるために技術が要る。すべて人間が優先している」と、彼はいう。