2021年11月号掲載
決定版 デジタル人民元 世界金融の覇権を狙う中国
著者紹介
概要
2022年2月、北京五輪での披露が見込まれるデジタル人民元。だが、その仕組みや発行の狙いはいまだ謎に包まれたまま。それは、デジタル人民元が中国の国家戦略と深く関わっているからに他ならない。米国の通貨・金融覇権に挑戦し、「人民元通貨圏」を形づくる ―― 。そうした中国の目論見を、元日銀審議委員が徹底解説する。
要約
デジタル人民元とその狙い
今、中国は「デジタル人民元」の発行準備を着々と進めている。
デジタル人民元とは、中国の中央銀行である中国人民銀行が発行する、デジタル形式での法定通貨のこと。だが、その具体的な仕組みや発行の狙いなどについては、謎の部分が多い。
中国がそれを明らかにしないのは、デジタル人民元が国家戦略と深く関わっているからだ ―― 。
深圳で初めて行われた実証実験
2020年10月、広東省深圳の市民が沸いた。当局からデジタル人民元が配られたからだ。デジタル人民元を広く市民に配布する大規模な社会実験を初めて行う場に、深圳が選ばれたのである。
実験では、抽選で当選した5万人の市民に対し、1人当たり200元(約3200円)、総額1000万元(約1億6000万円)に上るデジタル人民元が配られた。当選した人の話によると、デジタル人民元のアプリをスマートフォンにインストールし、そこに電話番号を打ち込むと登録が完了。その後、デジタル人民元200元が振り込まれたという。
期間中、深圳のスーパーや飲食店など、約3400店舗でデジタル人民元が利用された。
主要国で初の中銀デジタル通貨発行へ
デジタル人民元のような、各国の中央銀行が発行するデジタル形式での法定通貨は、中央銀行デジタル通貨あるいは中銀デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)と呼ばれる。
主要国の中で中銀デジタル通貨を発行した国は今のところない。そんな中、中国は2022年2月の冬季北京五輪で、デジタル人民元を世界に披露したいと考えているようで、主要国で初めて中銀デジタル通貨を発行する可能性が高い。
リブラ計画がデジタル人民元の発行を急がせた
キャッシュレス化が進む中国では、アリペイとウィーチャットペイという2つのスマホのQRコード決済が国民の間に広く浸透している。それなのになぜ、デジタル人民元の発行を急ぐのか。
中国人民銀行は、2016年には時期を特定せず、中期的にはそれを発行する考えを明らかにしていた。その計画を一気に前倒ししたのは、2019年6月、フェイスブックが新型デジタル通貨リブラ(現ディエム)計画を発表したことによる。
リブラは、主要国の法定通貨にその価値を連動させることで、価格が安定するように設計されている。加えて、世界人口の3分の1程度に相当する利用者がいるフェイスブック関連アプリ上で利用できることから、国境を越えて世界で幅広く使われる可能性が出てきたのである。