2022年5月号掲載
1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書
概要
人生で真剣勝負した人の言葉は、詩人の言葉のように光る ―― 。五木寛之氏や米長邦雄氏、幸田露伴氏、森信三氏など、一流の人物365名が人生の哲学や生き方について語った言葉を編纂。1日1話、1年で読み切れる人生論集としてまとめた。書名の通り、詩人の言葉のように光る金言の数々が、読む人の心を奮い立たせてくれる。
要約
人生の闇を照らしてくれる光
五木寛之 作家
僕は子供の頃にこんな体験をしたことがあります。昼なお暗き杉林の中の道を真夜中に1人で歩かされたんです。人が亡くなりまして、それを山を越えて隣の集落に知らせてこいといわれましてね。その道は右側が断崖になっていて、下の方に渓流が流れている。左側もほんの狭い幅の道しかなくて、一歩踏み外したり土が崩れたりしたら転落するかもしれない。
その道を深夜に提灯をつけて行かなければならなかったんです。震えながら歩いていきました。真っ暗で、下から渓流の音が聞こえてくるのですが、断崖ですからね。落ちたら命はない。一歩踏み出すのも恐くてなかなか踏み出せないんです。
その時、ちょうど雲が切れて月の光で道が淡く照らされました。ああ、こういう道になっているのか、これなら左端に寄って山際を手さぐりで歩いていけば絶対に落ちないなとわかりました。やがて、先の集落の灯りも見えてきました。すると、とたんに安心して歩けるようになったんです。あの時の心強さといったらなかったですね。
仏教は、そういう闇を照らしてくれる光の役目かもしれません。世の中の闇や心の闇を、淡い光でもいいから、ほんの一瞬でもいいから、照らしてくれる。その光が射してくれば安心できる。仏教というのはそういう光なのだと思うんです。
親鸞も、仏というのは「姿形もおあしませず」といっています。仏像のように形があることが大切なのではなくて、仏というのは光である、光明なのであるということです。世の中を照らしてくれる光明、世の中の闇を、心の闇を照らしてくれるかすかな光です。そんなかすかな光があれば十分なんです。それだけで、気持ちが落ち着いてくる。それだけで楽になります。
宗教を信じたとしても、それによって背負った荷物が軽くなったりはしません。ただ、安心が得られる。それは闇が照らされて行く手の道が「見える」ということだと思うんです。
誇るべき栄光の一手を捨てる時
米長邦雄 永世棋聖
私は棋士の中では少々変わった経歴なんですよ。
プロ棋士の成長をグラフにすると、早い人で20歳くらいでタイトルを取ります。それから40歳くらいまでは横ばいか、あるいは少し向上するのですが、40歳からは下がる一方。体力や記憶力が落ちていくことが自分でもわかるんです。